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シャーマンの夢見~バイタル・ネオ・ シャーマニズム

こんにちは、バイタルデベロップメント ジャパンのファナです。

ひと雨ごとに、山の紅葉が深みを増していますね。

 

今日は、数人の女性たちといっしょに、セルフヒーリングをしてきました。

足やお腹を遠慮なく出して、豪快にマッサージしたり、

首や肩、顔や頭のこわばりを温めたり、緩めたり。

 

その間ずっと笑い声、うわさばなし、夢、悩み相談と、おしゃべりはつきません。

昔々から、こうして、丸く輪になって、

女たちは、こころや身体を癒しあってきたんだなあ、と、とても嬉しくなりました。

 

さて、今日は、夢の話を。

 

-夢の中で何度も同じ場所を訪れる、

-夢の中で懐かしい場所と感じることがある、

-夢の中で人や動物に印象的なことを告げられる、

-夢の中で空を飛んだり、自分の死を経験したあと元気になった

 

みなさんは、夢の中でそのような体験をしたことはありますか?

わたし個人の体験ですが、
これまで見た、印象的で忘れられない夢をいくつか紹介します。

 

たぶん4、5歳の頃だったと思うのですが、街に大きな怪獣が現れ、子どもたちが次々に襲われ、腕に印をつけられます。母親たちは、泣き叫ぶわが子の腕を撫でたりさすったりするのですが、とたんに子どもたちの目は飛び出してしまいます。わたしはそのことを知っていたので、「腕をさすってはだめ!撫でてはだめ!」と、街中に知らせて必死に走り回りました。

 

15歳の頃、受験に強いストレスを感じていた時期に見た夢は、小高い丘の上に塔があって、長い行列ができていました。空は一面真っ黒、窓のない灰色の石造りの塔の屋上から、順番に身を投げる人が地面に叩きつけられ、割れた頭からは、色とりどりの積み木のようなものが転がり出て、列の最後尾に並んだわたしも順番を待っているシュールな夢でした。

 

20代後半から40歳くらいまで、なにかでひどく疲れ果てた夜になると訪れた場所があります。湿った落ち葉を踏んで、霧のかかった林の中を抜けていくとき、「ここは何度も来た場所だ」と、自分で知っています。林を抜けるとそこには緑色の苔に覆われた背丈ほどのコクーンがいくつも並んでいて、内側にはコンコンと泉が湧いています。その水は、少しとろりとしていて生温かかったり、透明で、痺れるように冷たかったりしました。わたしは裸になってその一つに頭までずぶりと浸かります。

 

 

子ども頃からずっと遠くで慕っていた二つ年上の男の子の夢をよく見ていました。といっても数年に一度くらいですが、忘れかけた頃にポツン、ポツンと。その夢はつい数年前までごろまでずっと続いていたと思います。

いつもだいたい同じような場所、同じようなシチュエーションです。長い廊下を息を切らしながら走って行くとその先に教室があって、窓から中を覗くけどその男の子はいつもいない。そういう夢です。夢の中で、それが夢だとわかっていて、いないこともわかっていて、それでも走っていって、ああ、やっぱりいなかった、と。
いつもその夢から覚めると、なんとも言えない寂しさがありました。

最近、ずいぶん久しぶりにまたその夢を見ました。

しかし、廊下をいつものように走っていくと、そのさきは教室ではなく、大きく扉が開いていました。桜が咲き、春の景色が一面に広がっていました。ふと見ると、わたしは手に小箱を抱えていて、中には、白い和紙でできたヒトガタ(切り紙人形)が入っていました。サアっと風が吹くと、そのヒトガタが紙吹雪みたいになって、散り散りに、まるで雪のように舞って空へ消えていきました。それ以来、その夢は一度も見ません。

 

夢の解釈はさまざまですが、

 

1番目の夢は、ヒーローズジャーニー、成長の夢でもあり、未来の予知でもあります。幼く非力だったあの頃できなかったことを、わたしはいま、大人になって、バイタルダンスやマッサージを通して行っていると思います。

 

2番目の夢は、危険を教えてくれる夢です。親の期待に応えて頑張っていましたが、こころや身体が、自分本来の生き方をするようにと教えてくれたと思います。

 

3番目の夢は、死と再生、ヒーリングの夢です。そこでたっぷりと休んだ朝は、不思議と生まれ変わったような気持ちでした。

 

4番目の夢は、ちょっと不思議な夢ですね。ヒトガタは、身代わりのように感じます。ずっと慕って追いかけていたのは、なにかの象徴だと思いますが、心から愛する人と出会ったいま、それは消えていきました。

 

・・・さて、どうでしょうか?

みなさんも、なにか印象的な夢を思い出せたでしょうか?

 

夢は、時に大切ななにかを知らせてくれたり、思い出させてくれたり、

魂を癒してくれたり、誰かとの縁を結び直してくれたり、解いてくれたり、

心や身体をリフレッシュしてくれるように感じませんか?

 

シャーマニズムでは、それを「夢見」と言って、たいせつに扱っています。

 

たとえば、

アボリジニ、という、オーストラリアの人類最古の先住民族の文化では、身体やこころに不調和を感じたとき、ブッシュの中へ分け入って、植物や動物のスピリットと出会い、対話し、そこで一晩すごし、夢見をし、魂を再生させる、そんな儀式があるそうです。

アボリジニは、あの世のことを「ドリームタイム」とか、「ドリーミング」と呼ぶそうですが、同時に、眠ることは大地の中で種になることだともとらえているそうです。

バイタルダンスの中でも、この「種のダンス」はとてもたいせつに考えられていますね。

古い自分、硬い殻を脱いで、新しく生まれ直すのです。

アボリジニの人たちも、人生の中で何度もイニシエーションを行うそうですが、現代社会に生きるわたしたちも、だれでも夜は寝床で、大地に抱かれるように眠って、種のようにゼロに戻って、そして、新しいビジョンを持って生まれ直す必要があるのだと思います。

 

また、南米、北米のネイティブ・アメリカンと呼ばれる人たちには、「パワーアニマル」と出会うための特別な儀式があります。成人するときに行う、ビジョン・クエストというものもそれに当たります。だれでも、自分を守護してくれる動物がいて、夢見の中でその動物のスピリットと関係を結び、捕まえて、いっしょに戻ってきます。ふだんの生活の中でも、その動物はいつも一緒にいてくれる力強い存在、もうひとりの自己、とも呼ばれています。

バイタルダンスの中でも、こういった、ビジョンクエストに似たダンスムーブメントを行ったり、トーテムダンスという、祖先の霊の象徴としてのアニマルスピリットと踊ったりします。

それによって、親や身近な人々の現実の姿の奥にある、真実の姿に気づいたり、未熟な自分を超えて、深い愛情や思いやり、感謝に目覚め、人生のほんとうの意味を知ることができるようになります。

 

ハワイのフナと呼ばれるシャーマンにも、また違った夢見の儀式があり、

また、アフリカのある民族には、男の子が成人してりっぱな夢見になるための特別な訓練があるそうです。

 

夢の意味をどう解釈し、どう人生に活かすかは自分次第です。

 

怪しい、偶然だろう、信じられない、意味がわからない、と片付けてしまえばそれまでですが、

 

もしも、いま、進むべき道に迷っていたり、

なにか手放せない痛みや悲しみを抱えていたり、

もっと幸せで豊かな人生を生きたい、と強く願うなら、

 

夢の世界が教えてくれることに注目してみるのもいいかもしれません。

 

この世とよばれる現実世界の裏側に、不思議で神秘的で、美しい世界が広がっているのかもしれないと思います。

 

 

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